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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)32号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二 本願発明の課題

いずれも成立に争いのない甲第二号証の一、同号証の四(本願発明の出願当初の特許明細書、特許法六四条の規定による昭和六二年三月三一日付手続補正書。以下、「本願明細書」という。)によれば、本願発明は、繊維強化複合材、特に鋳鉄、銅、アルミニウム、マグネシウムまたはそれらの合金よりなるマトリツクスと、そのマトリツクスよりも融点が高い無機質繊維とを複合させた繊維強化複合材の製造方法に関するものであつて、従来知られていた金属マトリツクスを有する繊維強化複合材の製造方法であるオートクレープ法、焼結法、ホツトプレス法等が有する、製造工程が複雑である、マトリツクス自体の強化や形状成形及び構造体への一部複合化を行うことが困難である、繊維を破損し易く充分な繊維強化を得ることができない等の問題点を解決し、複合化物性の優れた複合材を安価に量産できる製造方法を提供することを目的としたものであることが認められる。

三 取消事由に対する判断

1 先ず、原告主張の取消事由(2)について判断する。

(一) 本願発明における繊維成形体のカサ密度はこれにマトリツクスを複合する以前の状態である繊維成形体単独の状態における数値であること、これに対し、審決が認定する引用例における繊維成形体のカサ密度は、カーボン繊維よりなる繊維成形体とアルミニウムのマトリツクスが複合された後の状態であるアルミニウム・カーボン繊維複合材における繊維体積含有率Vfから算出された数値であることは当事者間に争いがない。

かように、本願発明における繊維成形体のカサ密度の数値と審決が認定した引用例における繊維成形体のカサ密度の数値とは、その算定時期(マトリツクスとの複合の前後)を異にするのであるが、審決は、後者の数値が〇・六g/cm3以下であることから、本願発明と引用例とはカサ密度の点で一致する旨判断しているので、その当否について判断する。

(二) 前記本願発明の要旨によれば、本願発明は、<1>互いに絡み合う無機質繊維よりカサ密度〇・六g/cm3以下の任意形状の繊維成形体を成形する工程と、<2>その繊維成形体を鋳造型内に入れて、その鋳造型内で鋳鉄、銅、アルミニウム、マグネシウムまたはそれらの合金よりなるマトリツクスと該繊維成形体とを高圧凝固鋳造法により充填複合させる工程からなるものであるところ、前掲甲第二号証の一、同号証の四によれば、本願明細書には、本願発明に係る繊維強化複合材の製造方法につき、「繊維相互が単に絡み合つているだけで緊張力を特別に付与されておらずしかもカサ密度〇・六g/cm3以下に調整された前記繊維成形体は、繊維相互間に圧縮変形可能な溶湯浸入空隙を十分に有していて、マトリツクスの充填複合時には溶湯充填圧力に対して適度な緩衝機能を発揮することができ、その充填圧力を特別に制御せずとも溶湯に加わる静圧力を比較的緩やかに上昇させることができ、その結果、繊維成形体の繊維を破損させることなく溶湯のスクイズ凝固が可能になり、構造体の一部、全部を問わずその所望個所へ繊維成形体を確実に充填複合させることができ、そしてその繊維成形体の複合効果に基づき、構造体の高温強度および硬度の劣化防止、摺動特性の改良、熱膨脹の抑制、熱伝導性および電気抵抗の制御を行うことができ、良質の各種繊維強化複合材を複雑高価な設備を用いること無く安定して得ることができる。」との記載(甲第二号証の四、九頁末行ないし一〇頁末行)、及び、「本発明による複合可能な限界条件は全充填前または途中で溶湯浸入抵抗が増加し、溶湯の静圧が上昇し始めることによつて決定され、第3図に示すように繊維成形体のカサ密度が支配的要因となり、カサ密度の上限は〇・六g/cm3程度であり、その上限を越えると繊維成形体の溶湯充填圧力に対する緩衝機能が減退し、溶湯の充填域で溶湯圧力が急激に上昇して溶湯が繊維成形体に密に充填されないうちに凝固し、良好な複合化が得られない。」との記載(同七頁末行ないし八頁九行)の存することが認められる。以上によれば、本願発明における「カサ密度〇・六g/cm3以下」なる数値限定は、マトリツクスと複合化する前工程としての繊維成形体の成形工程における、互いに絡み合う無機質繊維からなる任意形状の繊維成形体に関するものであり、該繊維成形体の成形を〇・六g/cm3以下の所望のカサ密度に調整することによつて、マトリツクスの充填複合時に溶湯充填圧力に対して適度な緩衝機能を果たすという、繊維成形体の機能が発揮されるものであることが認められる。

かように、本願発明においては、マトリツクスと複合以前の繊維成形体それ自体のカサ密度を特に限定することにより、所期の効果を奏し得たのであるから、引用例との対比も同様にマトリツクスと複合以前の繊維成形体のカサ密度との関係でなされなければ、技術的に意味のないことといわなければならない。そうであれば、審決のカサ密度についての対比自体失当なものといわざるを得ない。

(三) 被告は、繊維成形体のカサ密度が複合材の鋳造前後、すなわちマトリツクスの複合の前後において大幅に変化する根拠はないから、本願発明と引用例のカサ密度に差異がないとした審決の判断に誤りはない旨主張する。

前掲甲第二号証の一、同号証の四によれば、本願明細書には、「第2図から明らかなようにカサ密度の低いものはそれだけ初期寸法より圧縮され、複合化後の繊維充填率はほぼ同一となる。」との記載(甲第二号証の四、六頁下から六行ないし四行)、エンジン用のピストンのヘツド部へカサ密度〇・三g/cm3の繊維成形体を充填複合化させた実施例Ⅰにおいて「上部ヘツド部から試料Xを採り、その繊維充填率を調べたところ一五重量%で、……」との記載(同号証、一二頁末行ないし一三頁一行)の存することが認められるところから、本願発明における繊維成形体のカサ密度は、マトリツクスと繊維成形体とを複合させて繊維強化複合材が製造された後の同繊維強化複合材における繊維充填率と異なつた概念であることは自ずから明らかであり、右の記載によれば、複合後の繊維充填率が審決が認定したカサ密度に対応するものと認められるから、本願発明におけるカサ密度と審決が認定したカサ密度とは同視し得るものではない。しかして、本願明細書第2図及び同明細書の「第2図から明らかなようにカサ密度の低いものはそれだけ初期寸法より圧縮され、複合化後の繊維充填率はほぼ同一となる。」との前記記載によれば、繊維成形体の容積は、カサ密度の低いものにあつては、鋳造による複合化の前後で大きく変化することが窺われるから、繊維成形体のカサ密度は複合材の鋳造前後において大幅に変化しないと即断することはできないうえ、仮に複合後の数値から複合前の繊維成形体のカサ密度を推測することが可能であるとしても、成立に争いのない甲第三号証によるも、そもそも引用例において、複合前における繊維成形体のカサ密度の上限を特に限定するという本願発明におけるがごとき技術思想を見出すことができないのであるから、右のように推測したカサ密度を本願発明と対比することもまた技術的に相当を欠くものというべきである。したがつて、被告の右主張は採用することができない。

(四) したがつて、引用例における複合材料である強化繊維と本願発明における繊維成形体とのカサ密度に差異がないとの前提の下になされた相違点<ロ>に対する審決の判断は誤りである。しかして、右判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、審決は違法なものとしてその取消しを免れない。

四 よつて、原告らの本訴請求を認容することとする。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

鋳鉄、銅、アルミニウム、マグネシウムまたはそれらの合金よりなるマトリツクスと、そのマトリツクスよりも融点が高い無機質繊維とを複合させた繊維強化複合材の製造方法において、互いに絡み合う前記無機質繊維よりカサ密度〇・六g/cm3以下の任意形状の繊維成形体を成形する工程と、その繊維成形体を鋳造型内に入れて、その鋳造型内で前記マトリツクスと該繊維成形体とを、該繊維成形体を溶融させることなく且つ途中で溶湯圧力を外部より制御することなく、高圧凝固鋳造法により充填複合させる工程とよりなる、繊維強化複合材の製造方法。

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